2016年

3月

22日

想像する勇気

 

「よく考えて行動しなさい」

 

とは教育現場で言われる言葉だけど、

 

本当の意味でよく考えてる人は多くはいない。

 

 

多くの人の「考える」とは、

 

「リンゴを想像してみてください」と言われて

 

リンゴを思い浮かべるようなものだ。

 

 

つまり、自分が見たことがあるものを思い出しているだけだ。

 

 

本当の意味での「考える」とは、

 

まだこの世に存在していない果物を思い浮かべることだ。

 

 

見たことがあるものを思い出すのと、

 

見たことがないものを思い描くのとでは、

 

(脳の使う領域も違うんだろうけど)

 

難しさの次元が違う。

 

 

教育現場では、先生や親など「大人」が知らないことについて

 

掘り下げて考えることはほとんどしない。

 

そんなことをしても何も教えられないし、

 

成績には何の役にも立たないから、

 

せいぜい「バカなこと言ってないで現実を見なさい」と言われるだけだ。

 

 

現実を見て、現実の世界だけで考えることと、

 

現実を飛び越えて、あらゆる可能性を考えること…

 

 

果たしてどちらが「よく考えて」いるだろう?

 

 

勉強は確かに大事だし、

 

勉強をがんばった人の方が知識はたくさん出てくるだろう。

 

(実際、何も考えてない奴の話は薄っぺらい)

 

 

でも、勉強をがんばった結果、

 

現実的なことしか考えられなくなるなら、

 

それは本当に学力が高まっているといえるのだろうか?

 

 

まだこの世に存在していないものを思い描くには、勇気がいる。

 

想像しても実在するとは限らないし、

 

実現しようとしても失敗の方が多くなる。

 

人から否定されたり、バカにされたりもする。

 

 

それでも、「想像」には大きな価値がある。

 

 

農耕技術を想像する人がいなければ、

 

僕たちは未だに狩猟民族だっただろう。

 

 

工場生産を想像する人がいなければ、

 

僕たちは未だに農作業に追われているだろう。

 

 

車を想像する人がいなければ、

 

僕たちは未だに馬に乗っていただろう。

 

 

インターネットを想像する人がいなければ、

 

僕たちはこうして情報を発信したり共有したりすることはなかっただろう。

 

 

現実的にばかり考えていても、現実は何も変わらない。

 

(せいぜい問題を先延ばしにするだけだ)

 

現実を飛び越える想像をするからこそ、未来は明るく楽しくなっていく。

 

 

今ある現実という名の「幻想」にとらわれる必要はない。

 

僕たちは、想像した通りのものを現実にするだけだ。

 

 

現実がどんなに厳しく難しそうに思えても、

 

考えることをやめてはいけない。

 

 

楽しいことを想像しよう。

 

理想の未来を想像しよう。

 

 

想像するには少し勇気がいるかもしれないけど、

 

想像の先にこそ、僕たちの望む「現実」はつくられる。

 

じゅくちょう