新しい教育が生まれない理由

 

「自分で行動する力を」

 

「夢や目標を見つけることを」

 

「社会へ出るための基礎学力を」

 

 

いろんな想いをもって子どもと向き合い、

 

「勉強だけじゃない大切なこと」を

 

伝えようとしている先生はたくさんいる。

 

 

なのに、それがなかなか教育現場に反映されない…

 

いつまでたっても手段は教科教育ばかりになってしまう…

 

それはなぜか?

 

 

「教科の代わりに教えられる方法を形にするには、

 

 あまりにも時間と手間がかかるから」だ。

 

 

例えば、学習指導要領やカリキュラムを変更して、

 

「計画」や「メンタル」に関する授業を導入するとしよう…

 

(導入できるように、福幸塾で開発中…)

 

 

まず、すでにある教科教育の中で、

 

「どれを残し、どれを減らすか」を見極める作業が必要になる。

 

1教科あたり、単元全体を見直さないといけないし、

 

重要度や優先度なんて教育者によってバラバラだから、

 

共通理解を得るまでには相当な時間がかかる。

 

(そして、全員が完全に同意するカリキュラムなんてありえない)

 

 

それから、新しく導入する教育について、

 

「どのような順序で、どの程度の教育をするか」を体系化しなければいけない。

 

子どもにわかるように専門知識を噛み砕いて、

 

理解度をはかる評価基準を設定して、

 

実際に理解の度合いや教育の効果を測らないといけない。

 

 

さらに、変更している間にも学校はずっとあるから、

 

今までの仕事もこなしながら新しいことをしなければいけない。

 

授業準備もあるし、部活動もあるし、

 

生徒指導に進路指導に校外学習に地域交流に…

 

そのすべては、残業手当も休日手当もつかない。

 

新しい教育を開発するのも同じだ。

 

 

…さて、こんな面倒なこと、誰がやるだろう?

 

外野から教育を批判するのは簡単だけど、

 

自分が当事者だったら、果たしてするだろうか?

 

 

 

日々の仕事でもかなり精一杯なのに、

 

さらに新しいことを持ち込む…

 

(新しいもの好きの社長と、業務に追われる管理職、

 

 企業でも似たような状態ってあるよね。)

 

 

だから新しい教育をつくるっていうのは、

 

会社をガラッと変えるのと同じくらい困難を伴うわけ。

 

(学校教育に対していろいろ批判をぶつけてる人、

 

 自分の会社をガラッと変える気はあるかい?

 

 それとも、上司や組織の批判をしてるだけかい?)

 

 

本当に新しい教育が必要だと思うなら、

 

現場任せにしてないで、気付いた者が動くしかない。

 

(もちろん、現場で動ける人がいるなら動いた方がいいし、

 

 実際そうやって少しずつ前進してる先生もたくさんいる)

 

 

じゅくちょうも学校現場で働きながらは無理があると思ったから、

 

今こうして「勉強を教えない塾」をしながら

 

理想の教育モデルが作れるように試行錯誤している。

 

 

 

 

リーダーシップは、必ずしも

 

当事者やリーダーが発揮しなければならないものじゃない。

 

教育が大切だと思うなら、

 

その想いを形にできるのは「自分」しかいない。

 

 

あれがダメだとかこれが大切だとか能書きばっかり言ってないで、

 

「形」にして手本を示そう。

 

自分で形にする自信や責任が持てないなら、

 

ダメな奴の批判じゃなくて、がんばってる奴の応援をしよう。

 

 

今すぐ新しい教育は生まれない。

 

でも、これから先では必ず生まれる。

 

 

じゅくちょうもがんばるから、応援よろしく!

 

理想の教育、みんなで一緒につくっていこう!