132.劇的なたとえ方をしてみよう

ごきげんよう。じゅくちょうだ。


今週末は「夢プレゼンパーティ」というものが

亀岡で開催され、地域で活躍するいろんな大人が

自分の夢を語る。

今回は第二回なのだけど、

僕も指名が入って夢を語ることになった。


今週はその資料作りとリハーサルに追われている。

(…とでも言っておかないと、

ぶっつけ本番で挑みそうな自分が怖い)


資料作りに際して、

改めて自分のこれまでとこれからを考えると、

本当によくできた人生になっているなと思う。

かつてはよく他人や社会のせいにして

自分が行動しない言い訳を

たくさんつくってきたものだけど、

本当に、人生って自分が望んだ通りになっている。

(こういう考え方も、

はじめは全然受け入れられなかった…)


かつての自分と同じように、

多くの塾生も人の心の深いところが

見えてくるまでは、たくさん人のせいにする。


「クラスにうるさい奴がいて集中できない」

「自分の気持ちを親が理解してくれない」

「クラスや学校がおもしろくない」


誰々のせいで、何々のせいで、

生活や人生が台無しになる…

「自分は悪くないのに!」


悪い奴がいる、

だから変わるべきは悪い奴自身で、

自分は何も変わる必要がない…

ややストレートすぎる表現だけど、

こんな気持ちは誰にだってある。


でも、人は自分の思ったようには変わらない。

「人は変わらない」とはわかっていても、

変わってほしいと願ってしまう…

だから、余計にストレスも溜まっていく…


こんな時、どうするか?

A whale is no more a fish than a horse is.

という表現を思い出せばいい。

(高校で習っただろ?覚えているよな?

覚えてない大人は、今日から子どもに

「勉強しなさい」というのを禁止しよう。

自分ができないことを

人に押し付けちゃいけない。)


「クジラが魚じゃないのは、

馬が魚じゃないのと同じ」


表現を工夫すると…

「人が変わらないのは、

太陽が西から昇らないのと同じ」


太陽が西から昇らないことを理由に

人生を諦める愚か者はいない。

太陽を西から昇らせようとすらしないはずだ。


こう考えれば、

他人のせいにしたり、

他人を変えようとすることを

諦められるのではないだろうか。


頭ではわかっていても

納得できないことはたくさんある。

そういう時ほど、

その囚われていることから離れてみよう。

たとえ話は、素敵な材料になる。


あなたにとって、

お昼からの仕事や勉強は、

一週間の始まりは、

例えていうなら何だろう?


表現一つで、

やる気も集中力も変わってくるかもしれない。

では、今日も一日楽しんで!

じゅくちょう