127.結果じゃなく、過程を見ろ(塾生編)

ハロー!じゅくちょうだ!

今日のメルマガはまた新たな試みだ。


今日の内容は、なんと塾生が書いてくれた。

(彼にはお礼として「福幸塾ドロップス」を進呈しよう。

…賞味期限が今月末までの。)


一部、塾長による編集を加えてあるが、

ほぼ原文のまま載せる…


↓ここから↓

えっと、新学期初のテスト期間が終わり

なかなかいい点数のテストが返ってきた。

平均約80(…自慢じゃないよ)


 テスト期間は友達と遊んだり

趣味に没頭したり

勿の論で勉強もした。

そのどれもが楽しくて充実していた。

どれもが楽しくて充実していた。


…二回言ってみた。

でも、良い点数が返ってきて嬉しいのだが

結局の所、

点数はただの数字であって

自分自身をテストの点数で表す事はできない。

だからと言って、

勉強をしない事はないし、無駄とも思っていない。


テスト期間、

周りでこんな言葉をよく聞いた…

 「もう勉強諦めた!」

「よしノー勉で挑む!」

…もう諦めるのか…などとは思ったけど、

でも勉強が全てとも思っていないし、

その人がそれでいいなら別にいいか!

と思って放置した…


だがしかし!

テスト返却後、

「うわ、今回最悪だ」

「頭いい人はいいよな」

なんて言ってる。







まてまてまてまて!

なんで自分が選んで作った状況なのに、後悔するんだ?


なんで俺はできてしまって他の人達は出来ないのだろう?

と考えてみた…。

やっぱり、「どこを見ているか」なのかな?


ほとんどの人は、テスト勉強の意識を

「点数」に向けてしまっているのではないだろうか

確かに、いい点数は取りたいと思うが、

そこばかり見てしまうと

勉強が嫌になってしまうのではないだろうか


自分はどこを見ていたのだろうと考えると、

「行動」を見ていた気がする。

「やっべー、勉強してる俺かっこいい」とか

「あぁ!なるほど!」とか

勉強していることそのものを考えていたような…


正直、点数の事は考えていなくて、それよりも

「テスト期間ってこんなに楽しかったっけ?」

と思いながら勉強していたのを覚えている。

(点数の事を考えたのは、テストが終わってからだった)


 これって大袈裟に言うと、

「何のために生きるのだろうか」

 ってことじゃないかな?


「お金の為には生きたくないが、

生きる為にはお金が必要」みたいに、

「成績の為に勉強したくないが、

生活が充実するには成績が必要」みたいな…


自分が言いたいことは

「なぜそれがしたいのか」をよく考えて

何事も前向きに受け入れ、

日々を楽しんで行きたいってこと

(うまくまとまらない…)


 今日も充実した日々を送りましょう

じゅくせい


↑ここまで↑


後半、まとめ方が壮大すぎないか?笑


さて、あなたはどう感じるだろう?

彼は、「生活の充実」を目的に

勉強をがんばっている。


生活が充実した結果、

勉強が楽しくなり、

成績も良くなっている。


これは大人にも言えることじゃないだろうか。

生活の充実を目的に、

仕事をがんばれているだろうか?

生活のための仕事になってないだろうか?


生活が充実した結果、

仕事が楽しくなり、

収入もよくなってくる…

この流れが大切なんだろう。


「思春期から学ぶ」とは、

そういうことだ。

じゃあ、お昼からもがんばっていこう。