117.常識は、変わる

おはよう!じゅくちょうだ!


昨日はある塾生の中間テストの結果が返ってきた…

平均点数60点弱、

最高点数80点超、

これだけを聞けば、

クラスで平均くらいの成績だと思うだろう。


でも、一つ付け加えておきたい。

この塾生、

学校に行ってないのである。


特に意味はないが、

あえてもう一度言う…


この塾生、

学校に行ってないのである。


学校に行ってなくとも、

ある程度きちんと成績が残せるなら、

学校に行く必要はないんじゃないか?


…と言うと、大人から出てくる反論は、

「学校に行くのは、

勉強のためだけじゃない」だろう。

普段はやたらと、

「好きなことをするにも、

まず何より勉強が大事」

みたいなことを言ってても。


もしどうしても学校に行く気になれない時は、

じゃあどんな条件を満たせば

学校に行かなくていいんだろう?

・人並み以上の成績?

・誰とでも関われるコミュニケーション能力?

・社会人になるためのマナー?

・困難に耐える忍耐力?

おおよそどんな条件を満たしても、

次々とできないこと探しをして、

「学校に行かない選択肢がない」ように

見せようとするんじゃないだろうか。


…子どもが学校に行くことは、

実は義務じゃない。

「教育を受けさせる義務」や

 

「教育を受ける権利」はあっても、


子ども自身に「義務」はない。


学校に行く意味、勉強する意味、

まったく無駄だとは思わないけど、

したからといって安心できるわけでも、

しなかったからといって人生が終わるわけでもない。


学校に行かずとも点数が取れる塾生もいれば、

留学せずにTOEICで満点を取った友達もいる。

世界の統計を見れば、

「富裕層」は実はものすごく増えている。

(日本人の学力は世界トップレベルなのに、

富裕層人口ははるかに少ない。

これにはどんな意味があるだろう?)


勉強しないと将来がないとか、

成功できるのは一部の人間だけとか、

学校で「常識」とされていることは

もはや常識じゃなくなりつつある。


時代の流れってのは、

「自由」を求める方向にしか進まない。

自由を制限している常識は、

いずれ打ち破られていく。

女性差別や人種差別が淘汰されていったように、

「子どもの自由」を奪っている環境も

いずれ淘汰されていく。


…なんか、塾生の点数から

ずいぶん飛躍した話になってしまったけど、

福幸塾につながるいろんな方々は

それくらい可能性が広がることに

チャレンジしてるってことだ。

(このメルマガを読んでるあなたこそ、

時代の最先端を突き進んでいる!

…さあ、お互いハードルが上がってしまった。笑)


義務や常識で行動するんじゃなく、

自分の心に素直に従って行動する…

今日も楽しんでいこう!

じゅくちょう