28.いじめはチャンス

(2013.1.16)

 

「いじめをなくそう」

「いじめはやめよう」

の大合唱が最近はよく聞こえます。

言っていることはもっともですが、

僕は世間のいじめ談義が退屈です。


「どうすればいじめはなくなるか」

「いじめっ子もかわいそうな背景がある」

「いじめられる側にも原因がある」

…どれも、本質を捉えていません。


そもそも、いじめられる側の立場を

「下」に見ている時点で変です。

権力・多数・ルール…

相手の立場が上に見える根拠はたくさんありますが、

実際相手の立場は上なのでしょうか?


一流のサッカー選手は、

二流のサッカー選手を叩くより、

自分や他人の技術向上に力を入れます。

本当に立場が上なら、

下を叩くどころか、下を引き上げるはずです。

下を叩くのは、二流三流の選手です。


つまり、いじめる側の真実とはそういうことです。

勉強や仕事、スポーツ、権力など、

「目に見える根拠」でしか自信を持てない人は、

それがない他人に堂々とされていては困るのです。

勉強しかできない人は、

勉強ができない人が堂々としているのは不安なのです。


そして、問題はここからです。


世間の談義は、

「だからいじめっ子をわかってあげよう」

「いじめを許してあげよう」

みたいな方向に走るのです。

あくまでも「弱者救済」、

次のマイナス要素にしか目を向けないのです。

(大人がいかに人生に対して自信が

 持てていないかがよくわかります)


そうではなく、いじめられる側には

「相手を無意識に不安にさせてしまう何か」があるのです。

「目に見えない根拠」を持っている証拠なのです。

それを追い求めていけば、才能は開花します。

いじめに屈しない心も育つのです。


つまりいじめは、

いじめられる側の才能に気付くチャンスでもあるのです。

自分や周りの人がこれに気付いているかどうかで、

いじめられる側は弱くも強くもなります。


いじめがなくならないのであれば、

それを活かす道を考えましょう。


もし、いじめられることがあった時は、

こう考えてみてはいかがでしょうか?


「相手は、私の何をおそれているのだろう?」



お読み頂きまして、ありがとうございました!

福幸塾 塾長 福田幸志郎